TEO Side Story TEO Side Story
last updated 1997/06/01

第17話(全130話)

川の流れの中で(3/3)




 ピートは混乱した。混乱して当然だと思った。そして混乱をきたした子供なら、ほぼ間違い
なく全員がするだろう行動に出た。つまりはわけもなく喚き散らして立ち上がり、そのままダ
ッと夢中で走り出したのだ。
 ただやみくもにピートは悲鳴を上げ続けた。声の限りに意味不明の言葉を叫び続けた。それ
は何か呪いの言葉のようにも聞こえたが、ピートにしてみれば、それで助けを求めているつも
りだった。
 どこでもいいから、ここではない場所へと夢中で走った。走ることでこの理解不能の出来事
をすべて川岸に置き去りにできると思いたかった。息が切れるまで走ることで、何か違った世
界・・母さんやマクファーソンさんや、ドクター・ルゥドが微笑んでいる世界・・に飛び込む
ことが出来ると、自分に言い聞かせていた。
 ガシャンガシャンという自分のものとも思えない足音を響かせてピートは走る。走りながら
「これは夢だ。夢に決まってる。夢を見てるだけなんだ!」
 とそれこそ呪文のように何度も繰り返していた。
 ぼくはいま夢の中にいる。本当はあの橋の下で川に落ち、浅い川だから頭を強く打ったか何
かして、けれど大きな怪我はしないまま、気を失ったんだ。そうに決まってる。すぐに誰かが
そんなぼくを発見して助けを呼びに行ってくれるだろう。いままさに報せを受けた救急車が走
ってきているところなのかもしれない。ぼくは救急退院に助け起こされ、担架に乗せられ、病
院へと運ばれる。入院することになるかもしれない。それはあまり喜べるようなことじゃない
けど、それでも、このわけのわかんない風景の中にいる自分を認めてしまうよりもずっとまし
だ。
 ピートは夢の中で、別の夢へと逃げ込もうとしていた。
 自分の本来いるべき場所へ、たとえそれが無理にひねり出した夢の中だろうと、とにかく飛
び込みたかった。何でもいいから、ロボットみたいな体を群れ飛ぶ妖精に突き回される、なん
てことを「おかしな夢を見ちゃったなぁ」と笑うことができる場所を目指していた。
 走る足は、いつの間にか一定の方向を目指しはじめていた。
 森だ。
 知らずピートは草原の向こうに広がる森を目指して走っていた。
 童話はいつでも真実を描いている。そのことの、それは証かもしれない。昔から森は、現実
を逃れたいと願う者たちの絶好の避難場所だった。ギリシャ時代、森は哲学者たちの学校だっ
た。そして吟遊詩人たちの住み家だった。森の木々に囲まれ、現実の生活を遠く隔てて、哲学
者たちは人生や神について語り合っていた。詩人たちは豊穣の森を愛でながら、町に暮らす人
々の荒廃した魂を悲しむ歌を紡ぎ続けた。中世には森は犯罪者たちが逃げ込むアジトとなった
。森の木々を目隠しにして、罪人たちは追手から身を潜めた。おとぎ話がいつも決まって、森
には怖い狼がいると語るのは、こんな罪人たちの記憶があるからだ。しかしその一方で、森は
恵みの森として、英雄譚をも語り継がせる。たとえば森そのものを自分の城として活躍した者
が、俗にロビン・フッドとして名を残すことになる盗賊だ。森はそうやって、いつでも町とは
違う「異界」だった。森に足を踏み入れることは、そのまま社会から隔てられることを意味し
ていた。おとぎ話はいつも、主人公たちが森へと入って行く場面から語りはじめられる。赤ず
きんちゃんは森で道草をしていて狼に出逢い、親に捨てられたヘンデルとグレーテルは森の中
に冷たい現実を忘れさせてくれるお菓子の家という名の理想郷を発見する。アリスは地底にひ
ろがるへんてこな森に迷い込み、チルチル・ミチルは青い鳥を求めて森の奥へと冒険に旅立ち
、白雪姫は森に暮らす小人たちに命を救われる。シンデレラは森の南瓜と森の動物たちの助け
を借りて舞踏会へと向かい、ドロシーが放り込まれた世界には、エメラルド・シティーという
名の緑色にきらめく壮大な森が待ち構えていた。森は日常を越えた非日常の世界だ。おとぎ話
がそれを教えてくれる。日常とも現実とも社会とも常識とも生活とも一線を画し、それでいて
豊かな恵みを人々に与え続ける森には、一種荘厳な神聖さが満ちている。だから教会はさなが
ら森のように円柱を並べた回廊を作り、天井には枝を広げた木々の向こうから射し込む木漏れ
陽を模したステンドグラスが飾られる。
 ピートはそんな森を目指していた。
 自分の放り込まれた「異界」から逃れるために、彼は本能的にもうひとつの「異界」を目指
していた。森がぼくを守ってくれる。そう感じていた。ピートは童話の中で育まれた少年だっ
たからこそ、誰よりも「癒しの森」に対して敏感だった。
                                          
森へと続く紫色の草原をガチャンガチャンと駆けて行く、ちいさなロボットの姿を興味深そう
にみつめている目があった。ロボットをみつめるその目は、ロボットが森へと消えて行くと、
宙を飛んで、ゆっくりと自分も森の中へと向かった・・。

(つづく)




Back Number


back

presented by son@ch-teo.com

Copyright(C)1997 FUJITSU LIMITED.
All Right Reserved.